特注照明の製作では、デザインを壊さないために、施工まで見通して仕事しているよ、というお話。

Custom Lighting

寺島洋平の工場に居候するWEBデザイナーの枕木カンナです。
今回はちょっと気になる話を聞いたのでここでシェアしたいと思う。

7月21日昼、前夜から現場だったという寺島が工場に戻ってきた。
徹夜明けで疲れてはいるはずなのに、なんだか若干テンションが高い。
これは現場で何かあったなと思い、一服がてら椅子を持って近づいた。

結論から言えば、それは自慢話だった。
「いやー、今回の仕事、誰にも理解されないし、褒めてももらえないけど、俺の狙いがバッチリハマっていい仕事ができたんだよねー。」みたいな話だ。
はじめの内こそ、軽い気持ちで手柄話に付き合っていたのだが、彼の話が進むにつれ、私はだんだんと、気持ちよく話す彼を遮って、質問をぶつけるようになっていき、いつしか結構ガチ目のインタビューの様相になっていった。
そして、最終的に私は、これはちゃんと理解される形で発信して、きちんと評価を受けるべき、単なる特注照明製作の域を超えた、寺島ならではの仕事だったのではないかと思うに至った。

これは少なくとも私のような特注照明製作の事情に疎い人間には、そもそも理解するのが難しい、技術的な話をベースとしている。
寺島も説明するのが面倒くさいから、打ち合わせで細かい説明もせず、理解も求めなかったのだろう。
最終的には「オーダー通りのものが、当たり前の形で設置されている」だけの事で、そのための工夫やパーツの細部の仕様変更は、寺島の裁量に任されている部分であったため、図面を書く段階でも説明を求められる場面もなかったのかもしれない。
だが、面倒くさいからと言って、ここで彼の果たした功績を、彼の自己満足にとどめておいては、本当に切実に寺島のような製作者を求めているデザイナーや設計者が、彼に辿り着けない。
これは双方にとって大きな損失だと思う。

プロであるデザイン事務所や設計事務所の担当者なら、素人の私よりも正確に、今回の仕事に於ける彼の功績を、過不足なく値踏みしてくれるはずだ。

そこで、プロの方々には冗長な箇所もあろうかと思うが、できるだけ丁寧に内容を書いてみたい。

寺島にとって、問題は自明のことで、解決策もすでにあった。

今回の現場は某企業の社食を作っている現場で、寺島は専用にデザインされた特殊照明を製作し、さらに設置のために出向いていた。
本来、寺島は照明の「製作」が仕事で、製作した照明を納品すればそこで任務完了だ。
納品した照明を設置するのは、現場に入っている施工業者の守備範囲のはず。
何故に、わざわざ現場に行って、自ら施工したのか。

今回に関して言えば、デザイナーから絵が下りてきた段階で、既に現場に出向いて設置するつもりだったらしい。

デザイナーから下りてきたデザイン画

デザインを壊す要因はいくつもあるが、そこに対する製作者の姿勢で最終的なクオリティーは大きく変わる。

寺島のスタンスは明確だ。
「デザイナーの意図を理解し、出来る限りデザイナーの頭の中のイメージに忠実に具現化する」ために仕事をすること。

デザインを壊す要因その1・設計の問題

寺島は、今回のデザイン画で、特に取り付け部分のデザインの変更を、設計事務所に上申した。

設置する構造体の重量・剛性に対して設置箇所が貧弱すぎる。
具体的には、取り付けのための足の数(天井に吊るウデの数というべきか?)がデザイン画のままでは少なすぎると判断したようだ。
デザイン画では明確ではないが、おそらく四隅と中心部あたりで、計6~8箇所で吊ろうというデザイン。
全体の重量を考えると、耐荷重という意味では問題ない。

が、剛性の面で問題が出る。
たわみが出てしまうのだ。

寺島としては、格子状の構造そのものがモチーフとなる今回のデザインに於いて、たわみを極力抑え、「直線」・「平行」という視覚的な誤魔化しが効きづらい部分が、狂いなく整列するように、構造を工夫して製作することで、デザインの特に装飾性の部分の意図を実現しようと考えた。
(余談だが、「直角」というのは視覚的には案外誤魔化しが効くらしい。が、今回は角度の狂いが平行の狂いに直結するので当然NG。)

最終的な答えは、2灯で1対、全92灯46対のシェード部分全てに足を出し、46箇所で吊ることで構造の安定性を優先した。

こうしてデザイン画を元に、物理的な問題・安全性の問題・技術的な問題を、その「デザイン的な要求をクリアする形」で最終的な図面に落とし込んでいく。
この時の「デザイン的な要求をクリアする形」に対する寺島の態度は、既に一定の評価が得られている部分のように見受けられる。
デザイン事務所・設計事務所が、デザイン的に攻めている案件にこそ、寺島を製作にアサインすることが、その証左だ。

だが、それでもまだその評価は十分ではない。
というのも、これ以降の話が、この記事のキモであり、私が先日質問攻めにした挙句、ようやく理解した時に感じた彼の凄みだ。

今回の特注照明は、その設置方法の性質上、躯体側(建物側)に準備する「設置の台座」にも精度が求められる。
46箇所の足を吊る全ての台座が、幾何学的に狂いなく並んでいなければ、そもそも吊る箇所を増やした意味がなくなってしまう。

寺島が抱いていた、今回の特注照明の最大の懸念が、この台座の精度であった。

デザインを壊す要因その2・施工の問題

設置のための台座の精度に不安があった。

この台座には、今回3つの業者が関わってくる。
躯体からボルトを出す工務店、ボルトを通して天井を貼るボード屋、天井から出たボルトを台座として照明を設置する施工業者。

多くの現場では、これら複数の業者に対して、強力なディレクションが徹底されていることは非常に稀で、そんな状況の中で特殊照明は設置される。
そうした状況下では、一つのゴールに向かってそれぞれが役割を果たすというよりは、それぞれの業者が、それぞれの職域の範囲で、それぞれのゴールに向かって仕事が進む。
すると、その狭間には一種の「意図の空白」とでも呼びたくなるような問題が出てきてしまう。
この問題を場当たり的に解消する過程でデザインは壊れていく。

私は、今回の仕事に於ける寺島の最大の功績は、この「意図の空白」を埋める過程に積極的に介入し、問題を適切に回収したことだと考えている。

台座に精度が期待できない理由は、大きく二つ

誤解して欲しくないのは、台座を設置する工務店やその先のボード屋の仕事に対して、寺島が不信感を持っている訳ではない。
寺島によれば、躯体側から出す台座には、そもそも技術的にそこまでの精度を求められるものではないらしいのだ。
そこには二つの問題がある。

一つは躯体に打つアンカーの問題。

躯体側から照明の台座を出すときは、躯体にアンカーを打ちそこから長いボルトを伸ばし、天井を抜けてそのボルトの先を出し台座とする。
この時、アンカーは躯体側の事情で必ずしも任意の位置に打てるとは限らない。
天井裏の躯体表面は、梁等のために平らではないし、均質でもない。
例えば、本来アンカーを打つべき箇所が、ちょうど梁の角になっていればそこを避けて、梁の外か内か数㎝ずらし、十分な強度を確保できる箇所に打つことになる。
これは必要な処置で、そうでなければ困る。

しかし、となれば必然的に、躯体側の事情に沿って打たれたアンカーから伸びているボルトも、正確に図面通りの位置にない可能性が高い。

二つ目は天井の問題。

天井は躯体から浮かせて貼られるのが一般的だが、これも案外厄介な事情を抱えている。
天井を貼る時には、先ほどの躯体から伸びて天井を貫通するボルトのための穴は、一般的な手順としては、先に天井材に空けておく。
現物合わせで、その場で空けるわけではない
となれば、当然その穴は、設計図を参照して空けられていることになる。

ところが、躯体はその大きさのため、必ずしも各部の矩(かね:直角)が出ていない。
そんな歪みのある躯体に、矩の出ている天井材を隙間なく貼っていくということは、逆にどこかでその矛盾を解消しなくてはならない。
実際には、天井を貼り進める中で、目立たない繋ぎ目等で少しずつ辻褄を合わせることで、最終的に見た目隙間なく貼る。

必然的に穴とボルトにズレが出てくるため、多くの場合、ボルトをちょこっと曲げて穴から出す。
ボルトはズレている
以上の二つの問題を乗り越えて、ボルトが図面通りに天井から出ているなどという状況はほぼ望めないのだ。
工務店やボード屋が確実な仕事をしていればこそ、ズレは出てしまう。

ではもし、ボルトがズレた状況で、通常通り施工業者が今回の特注照明器具を設置した場合、どうなっていたのだろうか。

誰が怠慢という訳でもないのに、しっかりとデザインは壊れていく。

施工業者のゴールは、「決められた作業時間内」に、「図面通り」に、特注照明を設置することだ。

ところが、実際に現場で組み付けていくと、図面通りに組み付かない。
図面では、格子状に着くはずの横方向のパイプの長さが足りない、あるいは長すぎる。

当然だ、組み付け作業の前提となっているボルトが、図面通りに出ていないのだから。

しかし、所定の時間内に設置しなくてはならない。

それじゃ仕方がないと、その場で切った貼ったの応急的な作業をして、どうにかこうにか設置まで持って行ってしまう。

図面通りの幾何学的な格子状の構造は、見る影もなく歪んでいるが、それは仕方がない。
台座が図面通りではなかったのが原因だが、それは施工業者の責任ではないのだから。

これに関しては、今回は現実に起きなかった状況なので、若干極端な想像かもしれない。
が、寺島は、これに似た状況で最終的に「残念な」仕上がりになってしまった特注照明を、山程見てきたと言う。

このような事態を避けるべく、現場に出向いて、自ら設置作業を行った。

設置の台座の精度不足を補うための、具体的な対策

器具自体を変形させることなく、製作時のままの形で設置する。

「自ら設置作業を行った」などと恩着せがましいことを言いながら、手ぶらで行ったのでは結局「切った貼った」の作業になってしまう。
「切った貼った」の作業なら、むしろ専門である施工業者の方がいい仕事をするだろう。

寺島は「切った貼った」を避け、製作した特注照明を、製作したままの形で設置するための対策を持ち込んで、現場に臨んでいた。

設置作業の下拵えは神経質すぎるほど入念

まずは、一旦天井から出ている台座のボルトは無視して、本来あるべき台座の場所に印を付ける。
このために、墨出しのためだけに大工を手配して、中心と四隅を基準に、46箇所を正確に墨出ししていく。
こうして、製作したままの形で設置するために必要な、「設置すべき位置」を確定した。
すると、その位置とボルトはやはりズレていた。

だが、本来あるべき位置は譲れない。
となれば、ズレたボルトを使って、本来の位置につけるしかない。

器具側の対策はシンプルゆえに秀逸

この「ズレたボルトを使って、本来の位置につける」ための器具側の工夫が、本当に本当に秀逸だ。
写真で見ていただこう。

このパーツは下の組立図の赤丸で囲んだパーツに当たる。
組立図赤丸に注目

このパーツを、天井からのボルトに通して、ワッシャーとナットで固定することで台座になる箇所だ。
このボルトを通す穴の「大きさ」に注目して欲しい。
ボルトより一回り大きくなっているのが、お分かりになるだろうか。

正確には、10mmのボルトに対して、25mmの穴が空いている。
こうしておくことで、穴の中心は本来の「設置すべき位置」に合わせながら、ズレたボルトを穴に通し、固定することができる。

参考画像:25mmの穴に10mmのボルトを通した写真

もしあなたが、「え、これだけの話?!」と思ったとしたら、そのことが、この対策の有効性と寺島の貢献の大きさを表していると言える。
そう、これだけの話なのだ。

これだけの話だからこそ、いかに、設計の段階や事前の打ち合わせで、この問題が認識されづらいかがお分りいただけると思う。
だって、ここまで大げさに語られてきた「ズレ」というのは、たった7.5mm以内の極々小さなものなのだから。

現に、寺島が、この問題を打ち合わせであげた時には、「大丈夫、ズレは出ない」で終わってしまっている。

しかし、施工の段で初めて問題が顕在化し、場当たり的に「切った貼った」をした場合、「直線」・「平行」は壊れ、ハッキリと狂いが視認できてしまうことは、前述の通りだ。

(ちなみに、この7.5mmという数字自体に根拠はない。寺島が現場を下見した際、目測で見込んだズレの幅で、実際に設置した時、見事にこの見込みの範囲で全てのズレが回収できたため、冒頭のテンションの高さになったという訳だ。もっとズレていた可能性もあり、その時のためのプランもあったが、7.5mmに収まってくれた結果、よりスマートに設置できたという感じらしい。)

寺島の仕事を必要としてくれるクライアントに評価してほしい。

今回の寺島の仕事をどう理解し、どう位置付けるべきなのか。
門外漢である私には、正確に見積もることは難しい。

もし、ここまで読んで、一連の寺島の働きを「スタンドプレーだ」とお感じになられたのだとしたら、私はむしろそれでいいと考えている。
分業の垣根を越えて、現場レベルでも有効な、トータルにディレクションする立場の人間がいるのであれば、ものづくりの現場として理想的だし、そうあるべきだと考えている。

本来、この一連の問題

  • デザインと実際の製作に際しての構造に対する物理的・技術的要求のズレ
  • 製作から設置までに関わる各工程の事情
  • その工程間での認識のズレ
  • そのズレに起因する製作物に与える影響

と、その問題を解決するためのノウハウは、デザイナーや設計事務所にこそ、蓄積していくべきもののはずだからだ。

一方で、全ての現場がそうではないという現実もある。
そうでない現場においては、これらの問題は引き受け手を失って、宙に浮いてしまう。
だが、誰かが引き受けて、適切に解決しない限り、その影響は、最終的に設置された製品のクオリティーを損なう形で必ず出てしまう。
そんな現場で、それらの問題を積極的に引き受け、なんとかデザインされた当初のクオリティーを担保しようとするスタンスの寺島の仕事は、評価こそ受けづらいが、決して小さな貢献ではないはずだ。

個人的には、寺島の今回のやり方は、現状のままではスタンドプレーになりかねないとも思う。
もちろん、今回寺島を指名した設計事務所は、寺島のこの類いの働きにも期待して、オーダーしたのだろうとは思う。
結果的に、設置作業も合わせてのオーダーになったことがそれを物語っている。
また、寺島にしても、設計事務所との長い付き合いの中で培った信頼関係を前提に、阿吽の呼吸で、より踏み込んだ仕事をしたという部分はあるのだろう。

だが、そうであればなおさら、「誰にも理解されないし、褒めてももらえない」状態は解消しなくてはならない。
そう考えて、この記事を書いた。

寺島は、自身のキャリアの中で、製作だけにとどまらない、照明設計から設置までの広範な経験を積み重ね、ノウハウを蓄積してきている。
また、デザインと完成品とのギャップに悩むデザイナーや設計事務所が抱える種々の技術的課題に対しても、積極的に挑戦してきている。

そんな寺島が持つ独自のスキルに対して、明確にオーダーがあって、それに応えての仕事であれば、それはもはやスタンドプレーではない。

きっと、特注照明の製作の範囲を超えて、特注照明のクオリティーに強いコダワリを持つこの製作者を、面白いと思うデザイナー・設計事務所の方々がいるはずだ。
あるいは、このようなスタンスの製作者をこそ探していたんだ、というデザイナー・設計事務所もあるかもしれない。
是非、寺島洋平の「特注照明製作」と「製作の範囲を超えてデザインを担保する仕事」、それぞれをより積極的・明示的に活用していただきたいと思う。
設置後の現場