寺島の工場に居候するWEBデザイナーの枕木カンナです。
今日も、寺島から聞いた気になる話をご紹介します。
照明器具によく使われるねじの規格の話です。
まず結論
もし、ニップルの外径が10mm程度だったら、
径もピッチも本当にそっくりだけど、互換性はないから要注意です。
もし、もうちょっと詳しく知りたくて、辛抱強さに自信があるなら、次の章はもう少し(本当にもう少しだけ)丁寧に書きます。
規格の違うねじは使えない
照明器具の要・『ニップル』
特注照明にしろ、既製品にしろ、多くの照明器具の設計の中心に『ニップル』というパーツがあります。
この『ニップル』はソケットとの接合部であるだけでなく、ギャラリーからシェードまで、あらゆるパーツを繋ぐ背骨となる要のパーツです。
そんな重要なパーツであるにも関わらず、ニップルの規格の違いは照明業界の中ですら共通理解があるとは言い難い状況です。
そのため、製作や組替え・修理の現場で、「合う・合わない」でしばしばトラブルになるらしいのです。
『ニップル』は、外側にねじが切られたパイプ状のパーツです。
ねじで厄介なのは、規格が一つではないことでしょう。
さらに厄介な事に、規格が違うくせにほとんど見分けがつかないくらい、そっくりな組み合わせがあったりします。
そして、最悪なのが…、
規格違いなのに、うっかり入っちゃう
試しに、M10×1.0長さ14mmのナット(めねじ)に『G 1/8』のニップル(おねじ)を通してみます。
4mm程度で抵抗を感じ始め、手で締めるのは5mmくらいが限度でしょう。
もちろん工具等で大きなトルクを掛ければもっと締まるでしょうが、壊しそうです。
サイズを比較してみます。
呼び | 径 | ピッチ | |
M10×1.0 | 10mm | 1.0mm | |
G 1/8 | 9.728mm | 0.9071mm |
径の差は0.3mm未満、ピッチの差に至っては1山あたりで0.1mmありません。
しかし、ねじが入っていくほどにピッチの差は積み重なっていき、5mm入ったところでアウトです。
ピッチの差によるズレは0.5mm未満ですが、ねじという部品の精密さを考えれば、むしろよく入った方です。
やっぱり規格が違えば入らないじゃないか!
今度は、めねじ側を厚み2mm程度のごく薄いものに替えて試してみます。
これもめねじはM10×1.0です。
めねじ側の山の数(谷の数?)はせいぜい2〜3本です。
めねじがこのくらいの厚みであれば、特に抵抗なく入ってしまいます。
ピッチの差が効く前にニップルがめねじを抜けちゃってます。
分かってやっているので違和感があるような気もしますが、知らなければ規格が違うこと自体に気づかないかもしれません。
ここで、もう一度先程の図面を見てみます。
この図面のねじに限らず、貌製作所で製作する現行の照明器具は、特段の事情がない限り、メートルねじで製作されることが多いようです。
このニップルもM10です。
図面を読むのは素人なんで怪しいですが、1本のニップルに対して7つの部品が通っています。
プレート2枚を、上下からワッシャー1枚ずつ噛ませてナット(めねじ)2個で締めています。
その下のソケット固定のウマも、めねじだと思われます。
ニップル1本に対してめねじ3個。
このめねじも当然M10です。
で、その3個のめねじ、どれも厚さは3〜4mm程度です。
先の実験の結果を考えると、仮にニップルだけを『G 1/8』に替えたところで…、
取り敢えず図面通りに組み付けられてしまう事になります。
「神経質な人は気にするかもだけど、ちゃんと締まってれば問題ないよ。」
んな訳ないですね。
ええ、わかってますとも。
「入る・入らない」と「合う・合わない」は別次元の話
規格違いのねじが「ちゃんと締まっている」なんて発想自体ナンセンスです。
単に手応えが固くなっただけです。
ねじは、その高精度の構造で部品同士を固定します。
ねじには、適正なトルクってのがあります。
適正なトルクで締めた時、噛み合っているおねじとめねじの全ての山同士はピタッと面で接しています。
そして、その面には均等に力が掛かっている状態です。
その状態でこそねじは、破断もせず、緩みづらく、必要十分な力で固定されます。
同規格のおねじ・めねじを適正トルクで締めるから『ねじ』として機能します。
規格の違うねじを使うってことは、『ねじ』で締めた事にはなりません。
規格違いのねじは、ピッチのズレが限界になったところで止まります。
山同士は両端の2点で接しています。
この状態は、言ってみれば部品同士が引っ掛かっているだけです。
で、固く締めると、その引っ掛かった点に闇雲に力が掛かった状態になります。
もう、どんなトラブルが起きるか分かりませんし、どんなトラブルが起きても文句は言えません。
アンティークの組替え・修理
現行品でも様々な規格が混在している
国際的にも主流の規格として位置付けられて久しいメートルねじの規格ですが、多くの業界で複数の規格が混在しているのが現状です。
照明業界もまた然りです。
ニップルの規格ひとつ見ても、メートルねじ規格の『M10×1.0』、管用平行ねじ規格の『G 1/8』があり、それらを見てさらに別のユニファイねじ規格の『3/8-24 UNF』通称『サンブ』と間違えられたりと、結構混乱が生じます。
建築関係や内装関係の人達は10mm程度のねじは条件反射的に「サンブ」と呼ぶきらいがあります。昔からどこの現場でも見かける資材にサンブの物があるため、年配の職人さんに特にその傾向があります。
照明器具に関して言えば、「昔からある定番パーツがG 1/8しかない」みたいな事が平気であるようです。
しかし、現行品であれば、採用するパーツの規格に合わせて設計されます。
そのため製造においては、複数規格が混在している状況であってもそれを起因とした技術的な問題は生じません。
組替え・修理で規格の違いが厄介に
ねじの規格が問題になるのは組替えや修理、中でもアンティークの組替え・修理の時が顕著です。
アンティークは国や年代によって規格や構造もまちまちです。
そもそもニップルを用いた構造になっていなかったり、照明器具ではないアイテム(食器だったり楽器だったり便器だったり便だったり)を照明に改造した物だったりします。
それを国内で販売できるように組換え・修理する場合、
- 内部構造をそっくり入れ替えるのか
- オリジナルと代替パーツの混在になるのか
- オリジナルパーツの改造になるのか
- ワンオフパーツの製作になるのか
など、仕様・構造上の条件と、それに伴う必要な作業内容が、
- 簡単な作業で済むのか
- 厄介な作業になってしまうのか
は、現物次第で千差万別らしいです。
(この辺の話はいつか寺島本人が書くでしょう、きっとたぶん。)
厄介なほど貌製作所に来がち
照明メーカー、照明器具の工場はもとより、建築・内装関係の設計事務所、照明デザイナー、インテリア・アンティークのショップ、アンティークのバイヤー、アンティーク修理の工場、時には個人のお客さんまで、さまざまなルートをたらい回しにされた悩ましい案件ほど高確率で貌製作所に辿り着きます。
アンティークを安心して永く使いたいと考えるなら、きちんとした組替え・修理は必須です。
とは言え、アンティークですから、外観への要求が高くなるのは至極当然です。
組替え・修理したところで元の雰囲気壊したんじゃ、アンティークである意味なくなっちゃいますからね。
ところがそうなると、依頼する方も、その辺りが信頼できるところに依頼したいですし、逆に組替え・修理に要求される条件が厳しくなれば、依頼される側も及び腰になります。
アンティーク照明の組替え・修理の話も、たらい回し案件になりがちです。
結果、この奇特な製作者の元に持ち込まれます。
レアだったり、挑戦的だったり、厄介だったりな照明器具ばかり集まってくる貌製作所では、アンティーク照明の組替え・修理はもはや通常業務です。
要であるが故にニップルに皺寄せが
アンティーク照明の組替え・修理では、パーツを1つ交換するにしても、デザイン上の理由、特に外観的な要求から選択肢は非常に狭くなります。
時として、「このアンティークに使うなら、このパーツ以外考えられない!」みたいなことも、珍しいことではありません。
そんな唯一の選択肢になるようなユニークなパーツが「ねじの規格違いのバリエーションが豊富」なんてことは、あまり期待できません。
すると必然的に、元々の規格と合わないって事は起こり得ます。
先の章で書いた通り、少なくとも噛み合っているおねじ・めねじの規格は必ず合ってなくてはいけません。
新規の製作ならば、デザイン段階で規格の整合性を取るのですが、組替え・修理では、既にデザインされた物に後から手を加えていくわけですから、不整合は当然起きてきます。
不整合を解消しつつの再設計がなされます。
ところが、その解消を図るべき具体的な箇所が…、
パーツの規格の不整合は、この超絶狭いスペースにある小さなニップル(あるいはニップルに相当する構造)に集約してしまいます。
これは、ニップルが構造上の要であるが故に、避けられない事態です。
こんな状況で、アンティークに対する姿勢に差が出ます。
貌製作所・寺島としては、汎用パーツやアダプター等をモリモリ使用して、不細工に膨れ上がった器具が外から丸見え、みたいな仕事をすることは到底受け入れられません。
どうにかこのスペースに収めようと、結局ワンオフパーツ(専用設計の一点ものパーツ)を製作することも。
本来であれば、ニップルのようなシンプルなパーツが用いられる箇所ですから、針の穴を通すようなシビアなデザインになることは想像に難くありません。
ここまで行くと、そろばんできたら手は出さない案件なんですが、寺島はこういう案件にこそ積極的に挑んでいく傾向がありますね。
封印された彫刻ルーツのアートの血が騒ぎ出したりなんかするんすかね。難儀なことです。
設計そのものを考案するにも、それを製作するにも、手間と時間が掛かった上、他の製品に流用することもできないピーキーな問題を解消するためだけのワンオフパーツは、狭いスペースにきっちりと収まり、『外観上全く見えない』ことでアンティークに再び息を吹き込みます。
結局何の話だっけ?
現物次第で様々な作業内容になるアンティークの組替え・修理ですが、基本的には外観への影響を極力減らすための仕事になります。
ともすれば依頼者すらも、具体的な作業内容の見えない成果物を受け取ることになります。
『外観上全く見えない』仕事が、安く済むこともあればえらく高くなることもあるので、その値段の違いを納得してもらうには丁寧な説明が必要です。
『アンティーク組替え・修理・・・〇〇円』の様な一律の値段設定はできませんし、現物を見ないことには概算での見積りすら示せません。
現物を精査して出した見積りも、作業内容がシンプルか大掛かりかで、大きな幅が出てしまいます。
そもそも、アンティークの組換え・修理は手引書の存在しない作業です。
手探りで作業内容をシミュレーションしますが、いざ取り掛かると見込んでいた方法が手詰まりになり、途中で新たな対策を模索するというような事もしょっちゅうです。
その場合、見積りともまた離れた内容に突入していくのですが、その事情を説明しようにも内容がこれまた一段とテクニカルなもんですから…。
「ニップルの規格が何かって話が通じないのが、もはやテンプレ」って寺島のぼやきが、今回の話のきっかけでした。
そりゃそうだろうなって感じです。
良い仕事をしたからこそ成果が「全く見えない」なんて、前回の話といい今回の話といい、相も変わらず安定の『報われなさ』です。
「前世でどんだけやばい事したんだ?」ってレベルです。
この話で何か解決するのか分かりませんが、「知ってもらえたら話がスムーズ」って事らしいので書いてみました。
本当に面白いねじの規格の話はこれじゃない
個人的にねじの話に興味を持ったのは、
- ねじにはどんな規格があるの?
- 具体的にどこがどう違うの?
- 表記の規則性は?
- ねじの『呼び』って何なの?
- なんでこんな規格が存在するの?
- なんでこの規格にこれが無いの?
みたいな話だったんですが、寺島の「誰向け?あと文体テンション高すぎ」というダメ出しで今回見送られました。
でも、そのうち公開してやりますよ!
乞うご期待!